| 第4回 奥穂ジャンダルムへ |
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朝起きたとき、あんまり天気がいいと、きょうは仕事を休んでどこかへ遊びに行きたいな——と、思うことがよくある。ふつうの職場では許されないだろうが、小屋の仕事がヒマであるかぎり、そんな「思い立ったら吉日」的な山行もできるのが、山小屋暮らしのいいところ。一日休暇をもらってジャンダルム[註1]へ行くことを決めた5月16日も、最初から計画があったわけではなく、その日の天気を見た松っつぁんが誘ったのだった。 登攀用具[註2]とカメラ・行動食などをザックに詰めて小屋を出た。アイゼンをつけたり外したりするのが面倒なので、要所要所を解け残りの雪がおおっている夏道を避け、奥穂の山頂までは稜線の東側の岩稜上を歩いた。30分ほどで山頂に到着、ここで登山靴にアイゼンを装着する。
進路を南西にとるとすぐに「馬ノ背」と呼ばれるナイフの刃のように鋭くやせた雪稜(ナイフリッジ)がつづく。飛騨側であれ信州側であれ、足を滑らせたら最後、数百メートル下の谷底まで数秒で落ちてゆくだろう。凍結した雪面にアイゼンの爪をしっかり食い込ませ、ピッケルを突き刺しながら、平均台の上を歩くようにバランスを取りながら雪稜を渡る。 ジャンダルムの手前には「ロバの耳」と呼ばれる鋭い岩峰があり、縦走路は、この岩峰の中腹を横切って、ジャンダルムとの鞍部[註3]へと続いている。セバ谷へむかって一気に切れ落ちている絶壁を、鎖につかまって慎重に渡る。所どころ岩が露出した縦走路は、アイゼンをはいていると、下駄で岩の上を歩くようで不安定だ。しかもザラメ状の腐れ雪ときている。締まった硬雪上でこそ、アイゼンは利くのだが、腐れ雪では爪が食い込まないばかりか、靴底に付着した雪が団子状に固まってしまい、かえって滑りやすくなる。
シットハーネス[註4]にザイルを結び、松っつぁんが先頭(トップ)で登りはじめる。もしもの滑落に備えて落下距離を最小限に食い止めるため、ピッケルを支点(アンカー)に取って、「確保」の体勢に入る。40メートルのザイルが伸びきると、こんどは自分の番だ。「アップ」「ダウン」「ストップ」などと声をかけながら高度を上げてゆく。本格的な岩登りとは縁がなかったので、最初は“岩用語”にとまどった。お互いの位置には関係なく、「アップ」は「ザイルを引け」、「ダウン」は「ザイルを送れ」の意味なので、自分が上になって登っているときに「アップ」の合図を送ってしまうと、ザイルを下へ引かれてしまうのだ。不慣れな外国語を使うより、「引け」とか「送れ」と叫んだほうが、よっぽどわかりやすいのに、と思った。 もうひとつ気がかりなのは、「自己確保」が確実かどうかだ。岩に打ち込んだハーケンの支点にザイルをかけて体を固定してあるので、ザイルを結び合うパートナーが落ちたとしても、自分は大丈夫——のハズなのだが、こればかりは打ち込んだ人を信用するしかない。じっさい、後年、小屋の水源地へむかう岩場でハーケンが外れて、死にかけたことがある。 ロバの耳との鞍部からジャンダルムに登るためには、 イ.稜線上をまっすぐ登る道 ロ.信州側の巻き道からいったんジャンダルムの南側に出、稜線上を北へ戻る道 の二つのルートがあるが、われわれは稜線上を直登するルートを選んだ。残置スリング[註5]がある一枚岩を、三点支持を無視して力まかせに登ると、そこはもう山頂だった。 薄切りカマボコ状の3163メートルの岩峰上からは、近い日本の山はすべて見渡せる。北アルプス・南アルプス・富士山・八ヶ岳などの高山がいまだに雪をまとっているのに、飛騨や信州の低山は、青い影を幾重にも重ね、累々とつづく山並みを形づくっている。視界のおよぶはるか先まで、山々が果てしなく続いているように見える。「日本は山の国なんだなぁ」と、つくづく思った。 「イワツバメや!」と、松っつぁんが指差す方向を見る。ビュンッ、と音を立ててツバメが目の前を横切る。近ごろ除雪作業中によく見かけるあの鳥だ。このときはイワツバメと思っていたが、いま振り返ってみると、アマツバメかハリオアマツバメだったかも知れない。 360度の大展望を眺めながらの昼食は最高だ。五つ星ホテルの展望レストランで最高級の食事をしても(したことないけど)、3163メートルの頂上で食べるビスケットと缶コーヒーだけの食事の、足元にも及ばないに違いない。 食事を終えて帰途につく。「往きはヨイヨイ」どころか、それなりにコワかったのに、帰りはそれに輪をかけて危険だったのが、ロバの耳の下りだ。凍結した雪稜上に切ってある足場(ステップ)を、体を横向きにして一歩ずつ渡るのだ。「カニの横ばい」というヤツで、まず左足、次にピッケル、最後に右足——と、三拍子のステップを踏みつつ進む。雪質が悪くて爪が利かないので、アイゼンを装着せずに凍った雪面を歩くのだが、足を滑らせそうで怖い。とはいえ、両側がスッパリと切れ落ちたやせ尾根上では、アイゼンを付ける場所さえ確保できないのだが……。足下に目をやると、数百メートル下の谷底に吸い込まれそうだ。 奥穂——ジャンダルム間の最低鞍部から、浮き石だらけの岩稜をよじ登ると、馬ノ背の雪稜が見えてきた。昼前は雪稜の上を「平均台の上を歩くように」渡れたが、雪質が変わる昼下がりはそれも無理なようだ。日向の信州側はシャーベット状の腐れ雪、まだ日が当たらない飛騨側は、白出沢から吹き上げる冷風にさらされていまだに氷結している。雪質の境界になる雪稜のまん中を歩けば、信州側の「巣の入った」雪が足下から崩れる恐れがある。というわけで、雪が硬い(だけど凍っている)飛騨側を行こうということになった。 馬ノ背の手前の小広い岩峰上でアイゼンを付けはじめると、いつ間に飛来したのか、機体に「NBS」と書かれた取材ヘリが上空を旋回しはじめた。スキーの締め具のようにかんたんに装着できる松っつぁんのワンタッチアイゼンとちがって、つい最近まで貧乏学生だった著者のは、昔ながらの「一本締め」[註6]だった。ただでさえ時間がかかるのに、物見遊山よろしく上空から「観察」されていたのでは、ますますアセってしまう。ようやくアイゼンを装着し終わったころには、皮肉にもヘリは飛び去り、馬ノ背のナイフリッジを果敢に通過する勇姿を、全国のお茶の間にお届けする夢は叶わなかった。 「あとは小屋に戻るだけ」という気楽さも手伝い、難所を通過してたどり着いた奥穂高山頂では、しばしのんびりした時間を過ごす。日本で三番目に高い3190メートルの山頂には、高さが二メートル以上ある大きなケルンが建っている。これが「重太郎の大ケルン」で、この上に立つと標高3192メートルの北岳を抜いて、「日本で二番目」[註7]の高さになるという。セコいと突っ込むのは無粋というもの。三千メートルに一メートル届かない剣岳山頂の一メートルケルンなど、類例は全国にある。とはいえ、遮るものがなにもない開放感は群を抜いている。
[註1]ジャンダルム もとは衛兵とか憲兵を意味するフランス語。転じて、主峰を護るようにそそり立つ険しい岩峰を表すようになった。奥穂高のそれとともに、剣岳チンネのジャンダルムが著名。地元のヤマ屋の間では親しみを込めて「ジャン」と呼ばれる。 [註2]登攀用具 岩登りの道具。ハーケン・カラビナ・ハンマーの「三つ道具」やザイル(ロープ)、スリング(捨て縄またはシュリンゲとも言う)など。 [註3]鞍部 稜線上の凹んだ部分。「コル」とも言う。 [註4]シットハーネス 岩登り用の安全ベルト [註5]残置スリング スリングは、「シュリンゲ」「捨て縄」とも呼ばれ、細いザイルや帯状の「テープ」で作られ、岩登りのときに手がかりにしたりザイルを通して利用する。回収せずに現場に残してきたものを残置スリングという。 [註6] 「一本締め」 細い帯状のアイゼンバンド一本で、アイゼンを靴に締め付ける方式のアイゼン。現在では見ることもない。 [註7] 「日本で二番目」 日本の山の標高ベスト5は: 1位 富士山 3776m 2位 北岳(南アルプス) 3192m 3位 奥穂高岳(北アルプス) 3190m 4位 間の岳(南アルプス) 3189m 5位 槍ヶ岳(北アルプス) 3180m |
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