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2010/09/06 Monday 23:12:34 JST
 
 
山楽舎BEAR

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Bureau of Ecotourism in Asahidake Range

 

山楽舎BEARは 「 大雪山の“いま”を楽しみ“あした”を考える 」 をテーマに、登山ツアー・エコツアーを行っているガイド組織です。

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第15回 最盛期の一日
 「最盛期」は具体的にいつはじまるのかというと、八っちゃん・クラちゃん・オトメさん・筆者のバイト四人組が、客室として使われる本棟の「アルバイト部屋」を追い出され、別棟の「アルバイト小屋」へ移住させられた日からであろう。春以来われわれが寝起きしていた部屋は、夏の短期アルバイトの女子たちに明け渡され、われわれは白出沢下山口のたもとのアルバイト小屋で約一月半過ごすことになる。

 さてそのアルバイト小屋だが--。西側は防風壁の石垣、東側には便所があり、ほとんど日が射さない。ただひとつの窓の前には、空き缶の集積所があり、魚缶に群がっているハエが、窓を開けると入ってくる。建物の造りも住宅とはちがい、床板のすぐ下に地面があるので湿気が多く、壁板が薄いので、室温と外気温はほぼ同じである。床面積約八畳のこの小屋が、当分のあいだ、われわれの居住空間となる。


缶つぶしをするクラちゃんと学生バイト
(1985年8月13日撮影)


 そしてこの間、われわれの生活パターンは、お決まりの仕事だけを粛々と消化してゆく「働いて、眠るだけ」の日々だ。一日の生活はおよそ以下のようになる。

4時 早番起床→朝食準備
5時 遅番起床→朝食準備
5時30分~7時 客朝食
7時 従業員朝食
~10時 朝食片付け・客室掃除など
10時 休憩
10時30分~15時 売店や食堂などの仕事
12時 従業員昼食
15時 休憩
15時30分~ 夕食準備
17時30分~ 客夕食
19時 従業員夕食
~22時 後片付け・そうじ
22時 就寝


食事の準備をするスタッフ
(1991年8月15日撮影)


 全体の仕事とはべつに、長期アルバイトには、ゴミ集め・空き缶つぶし・売店の物品補充など、ひとりひとりに割り当てられた雑務がある。


   ゴミ拾い

 「山が好きで健康な方を募集」しているはずの山小屋で働いているのに、外にも出られずこんな日々が続いたのでは短期アルバイトの学生はやりきれない。というわけで、しっかり懐柔策も用意されている。

 七月の終わり頃、「ゴミ拾い隊」を編制して奥穂山頂へむかった。何十人もの老若男女が休んでいる奥穂山頂も、縦走路のちかくにはゴミがほとんど見当たらない。「むかしにくらべたらゴミが少なくなった」といのは、まんざらウソでもなさそうだ。

 だが、まったく無くなったわけではない。縦走路をすこし外れた人目のとどきにくい岩陰には、しっかりビニール袋や空き缶がある。それも最近のものではなく、かなり錆びた年代物だ。山頂から涸沢側の斜面をのぞいてみると、錆びた空き缶がルンゼを埋めている。これはほとんどゴミ捨て場といっていい。


奥穂山頂のゴミ拾い隊
(1992年8月16日撮影)


 こんな光景を見ていると、ゴミというのはたまるものなんだな、というあたりまえのことが、なんだかとても重く感じられてしまう。たとえいま現在ゴミを捨てていなくても、十年前に捨てた空き缶はそこにそのまま残っている。過去の過ちがそっくりそのまま「負の遺産」として残り、降り積もっていく。

 「負の遺産」は空き缶だけではない。

 奥穂側にある小屋の焼却炉から吐きだされた灰が、20センチほどの厚さになって白出沢源頭部に積もっている。この灰のなかから、燃え残った電池やビンのかけら、プルリングなどを拾い集める「落ち穂拾い」もある。幅10数メートル、高度差30メートルにわたって堆積する灰のなかから、ひとつひとつ細かい金属片を拾い集めるのは、単調かつエラい作業だ。二時間ほどで一斗缶に三杯もの電池が集まるのだから……。

 ゴミの分別収集が一般化されていなかった80年代には、個人レベルでのゴミにたいする意識も今よりは低かったように思う。紙くずも、魚缶も、電池も「可燃ゴミ」のなかに入れてしまうのだ。もちろんゴミ集め担当のスタッフはそれなりに注意は払う。だが、五百人の宿泊者にたいしてスタッフは一人なので、とうぜん限界はある。その結果として、白出沢源頭部に有害な電池が散乱することになるのだ。灰のなかに埋もれた電池は、小屋にとっても山を愛する人びとにとっても負の遺産だ。

 奥穂山頂直下の急峻なルンゼに残された空き缶は、拾うことじたいが命がけの仕事になる。白出沢源頭の金属ゴミや電池も、長い時間をかけてたんねんに拾い集めなくてはならない。つまり「負の遺産」の問題は、いま現在われわれが努力しただけではすぐに解決はしない。時間をかけて積もり積もった問題は、時間をかけて解決していかなければならないのだ。


   フライデーありますか?

 ことしの穂高は例年になく遭難が少なかった。事故らしい事故はわずかに二件。前穂山頂付近で中高年女性がヒザの皿を割って動けなくなり、ヘリコプターで搬出された事故と、滝谷ドーム中央稜での転落事故だけ。七月の下旬からお盆過ぎまで交替で警備にあたっていた県警の常駐隊も、出番がなく、小屋の仕事の手伝いをしていることが多かった。

 遭難がすくなかった原因はなんだろう。登山者の安全意識が高まったからか?答は残念ながら否、である。ただ単に天気が良かっただけの話だ。なにしろ八月に雨が降ったのはわずか二日だけだったのだから。


ザイテングラートを下降する登山者
(1992年7月30日撮影)


 夏の穂高には“カミカゼ”登山者はもとより、登山者とは思えない観光客そのものが大挙して押し寄せる。天候が崩れたら、警備隊の出番が続出する可能性はじゅうぶんある。以下に穂高の夏山登山者をいくつかに分類してみた。

A.伝統派(山岳部・山岳会・ワンゲルなど)
 近年、凋落傾向がいちじるしく、全体に占める割合はかなり少なくなってきている。周囲の冷たい視線にもめげず、ファイト!ファイト!と大声を張り上げて歩く。下級生は巨大なキスリング、上級生は小さなサブザック。革の重登山靴、ニッカーズボンにカッターシャツという"正装"。軍隊的な統率の効果のためか事故は少ない。危険度は★

B.中高年
 良識をわきまえているはずの人たちのはずなのに、意外にマナーは悪い。布団の上で宴会をするので、帰ったあとは、敷き布団が(たぶん)ビールで濡れていたり、床にツマミが散乱していたりする。さらに泥酔してトイレで吐いたり、布団の上で吐いたりという痴的行動も多い。山中なのに、トイレで長時間かけて化粧する女性もいる。山の上でも都会と同じ生活をのぞむ。行動は慎重なので、危険度は★★

C.ノーテンキ派
 外で仕事をしていると、通りすがりの登山者から声をかけられることが多い。たとえばこんな質問だ。
「あのー、ヤリへ行くにはどっちへ行ったらいいんですか?」
「えっ!ヤリって槍ヶ岳のことですか?」
ここは穂高のはずなのだが……。槍ヶ岳へ縦走するには一日行程なのだがと、思いつつも「小屋の前に道標がありますから、そこから左に曲がってまっすぐいけば行けます」と説明する。--まっすぐいけば行けます、とはいえ、この時間からでは無理だから途中で山小屋に泊まることになると言っても、まだよくわかっていないらしい。道標の前まで行って、槍ヶ岳の方向を指差してあげた。
「ありがとう」という言葉を残して去っていったが、この人は単独行のくせに地図を持っていないのだろうか。一本道なので、濃霧でないかぎり、稜線上を行けば迷うことはないと思うのだが……。地図を持たない、持っていても読み方を知らない--ので、危険度は★★★★

D.カミカゼ登山者
 奥穂側の岩場にかかるハシゴの上から悲鳴が聞こえてきた。
「コワーイ!嫌っー!」
見ると、若い女性が二人、進退極まったようすで岩にしがみついている。この二人が動けないので、岩場に数珠つなぎになっている登山者の列も身動きがとれない。さっき小屋の前で、奥穂に行くか涸沢へもどるか迷っていた二人だ。Tシャツにスェットパンツ・あしもとは運動靴という服装。ちかくにいた人がどうやら手を貸して難所を切り抜けたとたんに、ガラガラと落石の音。下にいた人は肝を冷やしたに違いない。自分たちの力量が解らず、判断もできないので、危険度は★★★★★

E.ふつうの観光客
 ある日の午後、売店で店番をしていたヘイ子さんに、ひとりの客がこんなことを聞いた。
「今週の『フライデー』見たいんですけど」
「そういうのは置いてないんですけど」
 週刊誌や新聞を荷揚げして販売している山小屋があるのだろうか。山とは、日常生活の喧噪を逃れたいと望んでくる人たちの心のオアシスとして存在しているのだ、と筆者は考えていたので、この“事件”は、衝撃的だった。
 日常生活の場をどこにでも持ち込もうとする人たちにとっては、山であろうが、海であろうが、ディズニーランドであろうが、変わりはないのだ。山登りも単なる観光の延長にすぎない。この人たちには危険度というモノサシさえ無用だろう。


昼下がりのジャンダルム
(1992年8月2日撮影)


[註]滝谷ドーム中央稜 滝谷にある岩登りのゲレンデのひとつで、初心者向きと言われている。滝谷ドームとは、北穂高岳南峰の南にそびえる岩峰のこと。
 
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