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2010/09/06 Monday 23:40:54 JST
 
 
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Bureau of Ecotourism in Asahidake Range

 

山楽舎BEARは 「 大雪山の“いま”を楽しみ“あした”を考える 」 をテーマに、登山ツアー・エコツアーを行っているガイド組織です。

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第18回 峠の山小屋(2)
 峠について最初に小屋を見た人は、徳本峠小屋のボロさにおもわず唸るにちがいない。「これが人間の住む場所か」というような蔑みの気持ちではむろんなく、歴史と伝統のもつ重み、長い年月にわたり風雪に耐え抜いてきた貫禄に圧倒されるのだ。もはや自立できないのか、軒下から地面に突きだした斜材に支えられた木造平屋は、木の板で葺かれた屋根に重石が乗っている。これで雨露をしのげるのだろうか、と素朴な疑問を抱いてしまう。

 「小屋」という名のホテルや旅館が多い北アルプスの山小屋のなかで、ここまで徹底して「小屋」であり続けている山小屋はむしろ少ない。まさに山小屋のなかの山小屋だ。「峠の宿 徳本小屋」と墨書きされた看板のわきに、“水戸の御老翁”がすわっていてもまったく違和感はない。

 暗くなるまえにテント場の受付をすませておこうと、小屋内のようすをうかがうが、人影がない。「熊が出没するので注意」という内容が無造作に書きなぐられたボール紙が表に張ってある。小屋前の広場には手製のベンチと缶つぶし機があり、「ゴミと良心は下界へ」とさりげなく書いてある。守衛(?)の犬が「警備小屋」と書かれた犬小屋からでてきた。「野生を失うのでエサは与えないでください」という注意書き。煙突から青い煙が登っているところを見ると、誰かいてもよさそうなものだが……。


徳本峠から見る穂高連峰
(1985年9月10日撮影)


 エサを与えなかったせいか、われわれをうさん臭そうにながめていた犬が吠えだしてしばらくすると、とつぜん背後からクマならぬ髭面の男が声をかけた。
「いやぁ、どうも。いま夕日を見てるとこなんだ。展望台、すぐそこだから」と言い残して、受付をするでもなく、いまきた方向へ戻っていった。われわれも、とりあえず夕日を見ようと髭男のあとをついていく。テント場のそばに「展望台47秒」と書かれた立て札がある。ザックのなかからカメラを出し、展望台へ急いだ。

 展望台には髭男のほかにもう一人、三脚を立ててシャッターチャンスを待つ男がいた。
「イマイチだねぇ。こんな写真とってもコダックを喜ばせるだけだよ」と髭男がいうと、
「いまに良くなるさ」と、カメラマンが言いかえす。

 そのうちほんとうに良くなってきた。鋸歯状の穂高の稜線から切れ落ちる細かい襞のひとつひとつが浮かびあがり、残照を受けて赤く染まりだしたのだ。


徳本峠から見る前穂と奥穂
(1985年9月10日撮影)


 カメラマン氏と一緒にわれわれも我を忘れてシャッターを押しつづけるが、輝いていた山肌が急に色褪せ、夜の闇に包まれた。光量不足で撮影できない。明るいうちにテントを立てなければならないことを思い出し、展望台をあとにする。

 今夜遊びにこいよという髭氏のことばにあまえて、「農協ごはん」とレトルトカレーのさびしい夕食を終えて、小屋へ行く。ガラス張りの木枠の引き戸を開けて「コンバンワー」を声をかける。衝立て代わりに天井からぶら下がっているカーテンの奥から影が浮かびあがり「ドーゾー」と低い声で応える。

 ヘッドランプで足下を照らしながらすすむと、大きな天体望遠鏡があり、その奥に小さな炬燵をかこんで背中を丸めている二人。背後のラジカセからは、懐かしいモモエちゃんが……。電源は太陽光パネルで集められた「きょうの太陽」だという。明かりは石油ランプだった。

 髭氏の正体は「常念山脈のアイドル」を自称する小屋番の小松さん。徳本小屋へ通いはじめて五年目、小屋をまかされて二年目とのこと。相棒のカメラマン氏は、居候のKさん、穂高の岩場で鍛えたクライマーだったが、去年はじめてこの小屋へきて以来いりびたり、今シーズンはついに居候をきめこんだ。そうそう「警備小屋」の主は犬のロクという。

 近場でとれた山菜やキノコを肴に焼酎のお湯割りをごちそうになりながら、いろんなお話を聞いた。たとえば、峠に着いたとき、小屋前にこんな触れ書きがあった。「霞沢岳へ登る人たちへ
K1[註]付近に熊が出没しています。十分注意してください」
これについて訊いてみる。
「ほんとにクマが出るんですか」
「それがね、いままでこんな話は聞いたことがなかったんだけど、K1の急登のあたりでよく出るらしいんだ。お客さんも二人見てる。ひとりは、出会い頭にクマが襲ってきたんで、木の枝を投げたら、それがクマの口のなかに入ってクマが逃げたっていってたな。なんか顔がこれくらい(両手で50センチくらいの円を描く)あったって言うんだけど、あんまりビックリしたんで、それくらいに見えたんじゃないかな」「なにしろ今年はクマが多いらしくてね。蝶(ヶ岳)にも一頭出てるし、常念(岳)じゃ三頭出て、そのうち一頭は手負いになってるらしい。涸沢にも一頭出たみたいだよ。まあ、お客さんの手前、そんな話は出せないようだけど……」。あしたはジャンケンでクマの犠牲になるほうを決めてから出発しようという話になった。

 (以下次号につづく)。

[註]K1 徳本峠から西へのびる常念山脈の主稜線と、霞沢岳—六百山とを結ぶ尾根とがぶつかる場所にある小ピ—ク。「K1」の「K」は「Kasumisawa」の頭文字をとったもの。
 
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