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山楽舎BEAR  
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2010/09/07 Tuesday 00:05:08 JST
 
 
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Bureau of Ecotourism in Asahidake Range

 

山楽舎BEARは 「 大雪山の“いま”を楽しみ“あした”を考える 」 をテーマに、登山ツアー・エコツアーを行っているガイド組織です。

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第23回 事故(2)
 (前号より続く)

 松っつぁんの話をもとに事故のようすを再現してみると——

 作業を終えて小屋への帰路を急いでいた登山道整備の一行は、松っつぁんを先頭に、ウエキさん、Aさんの順でルンゼにかかる鎖場を登っていた。あと一歩で稜線に出ようという、ルンゼの最上部に松っつぁんがさしかかったとき、右大腿部の上にあった大岩がとつぜん崩れた。松っつぁんはかろうじてその岩をよけ、発電機を背負ったまま「小指一本で」鎖にぶら下がって、「火事場の馬鹿力」でなんとか稜線上に這いあがった。すぐ下にいたウエキさんは、その岩をとっさに押さえようとしたが押さえきれず、相撲のうっちゃりのような体勢で岩もろとも落ちていった。このとき岩が顔面にあたった。ルンゼの中ほどにいたAさんは、ウエキさんともつれ合うようにして十メートルほど転落し、岩棚に引っかかって止まった。

 落ちてすぐにウエキさんは起きあがったが、Aさんはしばらくのあいだまったく反応がなかった。「死んだんじゃないかと思った」と、松っつぁんは言う。ウエキさんはAさんの襟首をつかんで岩棚の下へ転げ落ちないように引っ張りあげた。しかしそれ以上はなにもできず、松っつぁんが降りてくるのを待った。

 担いでいた荷を置いて下に降りた松っつぁんは、二人を転落の心配がない岩棚のうえまで引っ張りあげてから、一目散に小屋へ走った。

——以上のように、松っつぁんは語った。


色づく涸沢カール
(1991年10撮影)


 五分ほどして、八ちゃんが毛布を、すっかり“パシリ”になったクラちゃんがヘルメットを、オトメさんが担架を、ボン君がロープを、それぞれ持って駆けつけた。これで救助活動の準備は整った。

 ケガ人の手当てをするために松っつぁんが下に降りる。ザイルを腰に巻いた神さんがルンゼの中ほどへ降り、いまにも崩れ落ちそうな石をひとつずつ取りだして、上にいる私に手わたす。私はさらに上にいるボン君に手わたす——という具合に、小石をリレーしたあと、大石にかかる。ロープをかけた大石を神さんが押し上げ、私が引っぱり上げる。さらに上にいる数人が、ロープを引っぱる。

 ふたつめの大石にロープをかけて持ち上げようとしたとたん、ズルッとロープがずれた。不安定な足場の上で大石を抱え込んだまま、神さんが立ち往生する。上から神さんを支えている私もろとも、このままでは落ちてしまう。もし落ちたら下の三人も巻き添えになる。私と神さんがなんとか持ちこたえているあいだに、ロープを引っぱっていた皆が駆けつけてロープをかけ直し、なんとか引き上げることができた。これでケガ人の搬出にとりかかれる。

 まずウエキさんが、松っつぁんの介添えでルンゼを登り、自力で小屋へ向かった。頭部に巻かれた包帯にはかなり血がにじんでいた。次はAさんの搬出だ。体がデカく、馬力のありそうな私が、背負い上げることになった。

 腰にシットハーネスを装着し、背中に搬出器をくくりつけて、慎重に岩場を降りる。落石にそなえてヘルメットをかぶるのは当たり前だが、それ以上に、自分が落成を起こさぬよう気をつける。鎖場の下の大岩にAさんが背をもたれていた。30センチほどの副木が数本、ガムテープで右下肢に固定されている。いっしょに降りた神さんが、固定の仕方が弱いというので、さらにキツく巻くため足を持ち上げた。「ウウッ」という低いうめき声。痛そうだが、意識はある。

 激しく降りつづいていた雨が霧になってきた。さっきまでの土砂降りが続いていたら、ケガ人の体温が下がり、危険な状態になっていたかもしれない。


白出のコルから八ヶ岳遠望
(1985年10月1日撮影)


 Aさんを背中の搬出器に固定し、患部を岩にぶつけないように注意しながら立ち上がる。鎖をよじ登るときは二人ぶんの体重が一本の足にかかるので、グイッと足を伸ばすときにかなりの負荷がかかる。一歩ずつ慎重に登ろうとは思うのだが、よい足場があまりない岩場では、ステップ代わりに打ってあるボルトに足を乗っけて、グイグイ体を持ち上げるしかない。シットハーネスに結ばれているザイルを、上のみんなが容赦なく引っぱり、苦しい。「もっと、(ザイルを)緩めてーっ!」と、何度もさけんだ。ようやく上までたどり着いたときには肩で息をしていた。あとで聞いた話では、Aさんは68kgだとか。小柄なわりには重いわけだ。

 私とクラちゃんを除くスタッフ総出で、Aさんを担架に乗せて小屋へ向かった。われわれ二人は、現場に散らばっている搬出用具やザイルなどを回収してから帰路につく。ガスの切れ間からときおり現れる飛騨側の山肌は、六分どうり色づいている。気づかぬうちに、季節は秋になっていたのだ。


紅葉の涸沢カールから奥穂を望む
(1985年9月26日撮影)


 翌朝、濃霧をついて上がってきたヘリに載せられ、ケガをした二人は高山の日赤病院へ移送された。
 
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