| 第24回 せっちん詰め |
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九月も終わりに近づいたある日、廊下のワックスがけをしていた私の肩を松っつぁんがたたいた。 「クソ流しするから用意して」 「……?」 どうして急にクソ流しをすることになったのか訳がわからなかったが、とにかく雨具を着て、土砂降りの雨のなかへ飛び出した。 水槽にホースをつなぎ、ふたを開けた便槽のなかへポンプで汲みあげた水をぶちまける。それだけでは足りないので、ドラム缶に溜めておいた雨水をさらに加え、固形物と水を、クソかき用熊手でドロドロに練る。スープカレー状になったところで、便槽の栓を抜いて内容物を流す。おおかた流し終わったところで、松っつぁんが便槽のなかへ入り、こびりついたウンコをよく洗い流す。 汚さと臭さを別にすれば、作業じたいは風呂そうじと変わらない。便槽から這いあがってきた松っつぁんに水をかけてよく洗ってあげた。どんな仕事でも嫌な顔ひとつせずにやりとげる松っつぁんは偉い。 ところで、なぜクソ流しを突然やることになったのか?それは、排便用の穴からの吹き上げの原因究明と解決策を図るためだ。トイレの吹き上げはかねてから「穂高小屋最大の懸案」と言われてきた。たとえば五月六日の日記にはこんなふうに記されている。 お客さんのいなくなった小屋での仕事は、午前中ふとんたたみと部屋そうじ、そのあとは食器洗い。クラちゃんとオトメさんは、強烈な吹き上げのなかでのトイレそうじ。
強風時のトイレそうじはヒサンな仕事だ。水をつけてゴシゴシこすると雫が風で逆流し、気をつけていないと顔にかかる。また、気温が低いので、排便穴の下にコンモリと積もった去年のウンコが凍ってできた"槍ヶ岳"の上に、新しいウンコと紙が乗っかり、フタができなくなる。そのためそうじ係は常に、"槍の穂先"をピッケルで削らなくてはならない。強風に吹き上げられるためか?個室の側壁にまで"印"がつけられていることもある。 たいへんなのはそうじ係だけではない。風の強い日に個室のなかでしゃがんでいると、缶詰の桃のようにお尻が冷たくなる。落下したはずのモノがもどってきたり、使用済みの紙がいつまでも空中に漂っていたり——ということも、よくある。 便槽の風上側の側壁の石垣がモルタルでしっかり目止めされていないため、石垣の隙間から風が入りこみ、吹き上げとなってお尻を直撃するのだとこれまで推測されていた。だから、吹き上げをなくすには、風上側の石垣の隙間をモルタルできちんと目止めすればよい、ということになる。ところが、じっさいに検証してみたところ、意外な事実がわかった。 内容物を洗い流した便槽のなかへ松っつぁんが入り、ようすを調べてみると、風上側の石垣の隙間はすでにモルタルが詰め込まれ、しっかり目止めされていることがわかった。が、それでも風は吹き込んでいる。タバコに火をつけ、たなびく煙をよくよく観察すると……。なんと煙は「風下から風上へ」流れている。 モルタルで目止めしてある風上側からは空気が漏れてこないのに対して、なにも手が加えられていない風下側から風が入りこみ、それが吹き上げの原因になっていたことになる。松っつぁんが便槽のなかでタバコを吸って実証的に調べた結果、長年の懸案の糸口がみつかった。 原因がわかったところで、さっそく解決策を施すことにした。翌日から、松っつぁんと私のほかにオトメさんも加わって、「せっちん詰め」がはじまった。石垣の石と石とのあいだに、まず、小石を詰めこんで「目つぶし」とし、そのうえにモルタルを塗って隙間をふさぐのだが、私が運んできた小石を石垣の隙間に詰めこみながら、オトメさんがときおり愚痴をこぼす。石を詰めるたびに、洗い流されていなかったウンコが「ムニュッ」と出てきて気分が悪くなるというのだ。
作業は一日で終わり、「穂高小屋最大の懸案」は解決されたが、登山者が快適に用を足せる背景には、こんなスタッフの苦労がある。 |
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