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2010/09/06 Monday 22:44:20 JST
 
 
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Bureau of Ecotourism in Asahidake Range

 

山楽舎BEARは 「 大雪山の“いま”を楽しみ“あした”を考える 」 をテーマに、登山ツアー・エコツアーを行っているガイド組織です。

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第29回 黒部源流へ(2)
10月4日
 あたりがざわつく音で目が覚めた。日の出を見にヘリポートまで行ってみると、すでに三脚を立てて待っている人が五・六人いる。富士山から妙高山まで見わたせるほど視界は良いのだが、浅間山から美ヶ原上空にかかる畝状の雲が、腐った果実のようなどぎついオレンジ色に染まっているのが気にかかる。北上している台風の影響が出なければよいのだが……。


悪天の前兆か?不気味な朝焼け
(1995年10月4日撮影)


 七時過ぎに小屋を出る。きょうは最初から難関が待っている。北穂と南岳の間にある「大切戸(だいきれっと)」だ。昔から難路といわれ、直線距離にしてわずか1.4kmにも満たない距離を、コースタイムどおりだと四時間半かかって通過する。


朝一で下る大切戸
(1995年10月4日撮影)


 小屋から一気に急勾配を降りると最初の鎖場があらわれる。一つひとつが親指と人差し指でつくった輪ほどの大きさがある重い鎖は、持ち上げるのも大変だし、使わずに降りることもできる。名にし負う大切戸もこの程度のものか、と、タカをくくっていると、待ってましたとばかりに難所があらわれた。

 東側(信州側)がスッパリと切れ落ちた一枚岩。ここにも重そうな鎖がかかっている。今度ばかりは、重い鎖にしっかりつかまってへつらなければ、横尾谷[註2]へ真っ逆さまだ。さらに難所はつづく。飛騨側に移った縦走路は浮き石が多く、一歩間違えば滝谷の奈落の底に一直線という断崖を通っている。おなじく難所といわれる奥穂~西穂間の縦走路よりも、岩が崩壊しているぶんオッカナイ。痩せ尾根の下りが終わり、切戸底部のハイマツ帯に入るとホッとする。南岳への登りは、北穂からの下りにくらべて恐怖感は少ない。浮き石が多いのと、足をかけるとグラグラ揺れるハシゴを除いては……。

 まるで岩石沙漠のように岩と礫が積みかさなった縦走路は、やがて中岳を越え、大喰岳(おおばみだけ)に至る。標識がなければどこが山頂だかわからないだだっ広い岩礫の丘だ。穂高から見ると天を衝くように見える槍ヶ岳も、ここからみると、傾きかけたピラミッドのような間抜けな風情である。


槍ヶ岳・北鎌尾根
(1995年10月4日撮影)


 大喰岳からの下りが終わったところに、「槍平を経て新穂高」と書かれた指導標がある。アレッ、こんな道あったっけ?と、地形図を取り出してみる。あった、あった。蒲田川右俣沿いに新穂高へ下る道がしっかり記載されていて、現在地には「飛騨乗越」という地名まである。しかも、地形図にはご丁寧にも、踏破済みをしめす赤線がルート上に引いてある。なんてこった!三年前、この道を苦労して登ったことをもう忘れている。ようやく稜線にたどり着いて、美しい紅葉に感激したことを。ヒトの記憶などいい加減なものだ。

 棚田状のテント場のある急斜面を登りきり、目の前にあらわれた大きな建物が「槍の肩の小屋」(槍岳山荘)だ。コンクリートで固められた小屋前のテラスでザックを下ろす。すでに富士山は見えなくなり、南アルプスも霞んできた。風が強い。何度か踏んだことがある槍ヶ岳の山頂には登らず、西鎌尾根へとつづくガラ場を下る。

 これまで歩いてきた切り立った岩稜とはちがい、西鎌尾根はゆったりとした起伏を描いている。ハイマツの尾根道は緊張感がなく、ダルい。所どころで大きな羽虫が大発生していて気持が悪い。かと思うと、とつぜん足下から雷鳥が飛び立つ。羽の裏側が真っ白なのはすでに冬支度をはじめているということなのだろうか。よく見ると、あたりには十羽ほどの仲間がいる。ザックからカメラを取り出している間に、飛び立ってしまった。

 笠ヶ岳から北へのびる稜線と西鎌尾根との合流点にあるのが樅沢岳だ。山頂からは、北鎌尾根から槍穂高連峰へと連なる稜線が、屏風状にひろがっているのが一望できる。冬枯れの草が風にたなびく。広い尾根上につけられた九十九折りの縦走路を下ると、なつかしい双六小屋だ。


西鎌尾根から槍穂高連峰を望む
(1995年10月4日撮影)


 小屋前のベンチに座って、注文したラーメンを待つ。小池新道を登ってきた四人組は大学生だろうか。下級生とおぼしき一人がバテているらしく、きょうはここに泊まるようだ。熱いラーメンをすすり、用足しも済ませて、いざ出発!というとき、トタン屋根を打つパラパラという音とともに、霰が降ってきた。予定が大きく狂うので、ここに泊まるわけにはいかない。歩きながらヤッケ(アウター)を着て、先を急いだ。

 天気が悪いので山頂を踏まず、双六岳の山腹を横切って三俣山荘へ向かう「巻き道」を選んだ。パラついていた霰も止み、ヤッケを着ていると汗ばむほどだ。ハイマツの広い斜面につけられた巻き道は、土がむき出しになっていて無惨だ。刈り払われたハイマツ帯はしだいに後退し、道幅だけが不必要に広くなっている。北アルプスのメインルートは、すでにこの頃からオーバーユース状態だったのかもしれない。

 三俣山荘を出るころから雨が降りだした。黒部川源流の枝沢沿いにつけられた登山道は、大降りになると道が沢に変わり、歩きにくくなる。この道は、鷲羽岳と祖父岳(じいだけ)の山腹を大きく迂回して雲ノ平へとつづいている。

 本降りにならないうちに雲ノ平へ着きたいと思うのだが、歩く速度がちっとも上がらない。幸い、雨が激しくならないうちに黒部川源流の徒渉点を渡ることができた。この小さな流れが、上ノ廊下・下ノ廊下をへて黒部湖となり、やがて日本海に注ぐ。

 草の生い茂った急坂を登りきると、道は、祖父岳の山腹にひろがるハイマツの高原台地をぐるりと巻くようになる。後ろを振り返ると、三俣山荘が建っている緩やかな窪地の彼方に、槍穂高が雨に煙っている。ハイマツ越しに三俣蓮華や黒部五郎[註3]のやさしげな山容が見える。やがて正面に姿を現してくるのが水晶岳だ。ハイマツの海の彼方に見え隠れする山やまを見ていると、北海道・大雪山の壮大な自然景観を思い出す。


雲ノ平から見る水晶岳
(1995年10月4日撮影)


 緑の絨毯という表現がそのままあてはまるような、ハイマツのおおいかぶさる道を歩いて行くと、やがて木道があらわれ、「スイス庭園」「ギリシャ庭園」と呼ばれる、地溏が散在する心地よい草原になり、行く手にカマボコ型の雲ノ平山荘が見えてくる。

 建物は、一階が厨房と食堂・便所・従業員部屋、二階が客室になっており、小屋番二人と居候二人の計四名が働いている。食料事情はよい。夕食は、グラタン・湯豆腐・魚のフライにビールが付く。デザートは西瓜。二ヶ月前に冷凍しておいたものを、金槌でたたき割り、鋸の歯で切って食べる。氷のかけらをしゃぶっているみたいで、頭が痛くなるほど冷たいが、味はほとんどわからない。小屋締めが間近なので、大量に余っている卵と牛乳を処理しなくてはならないというので、やたらとオムレツやミルクセーキが多くなるらしい。従業員のノルマは一日10個!……通風になりそうだ。

 “ナイトキャップ”にミルクセーキを飲まされて、九時就寝。

[註2]
横尾谷 大切戸の東側は横尾谷源頭の、西側は滝谷源頭の岩場になっている。

[註3]
黒部五郎 黒部五郎岳(2840m)のこと。東側山腹のカール地形とお花畑が有名。「五郎」と名のつく山は、岩が「ゴロゴロ」している場所が多い。
 
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