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2010/09/06 Monday 23:12:00 JST
 
 
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Bureau of Ecotourism in Asahidake Range

 

山楽舎BEARは 「 大雪山の“いま”を楽しみ“あした”を考える 」 をテーマに、登山ツアー・エコツアーを行っているガイド組織です。

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第30回 黒部源流へ(3)
10月5日
 雲ノ平山荘を出てすでに一時間。もうそろそろ高天原峠に着いてもいいころだ。しかし道はやがて雑木林のなかの急な下りになる。峠は尾根上にあるはずなのに、この道は山腹を下っている。道ばたには「雲ノ平ー薬師沢」と書かれたプレートがある。おかしい。

 地形図を取り出してみて理由がわかった。高天原(たかまがはら)峠へは、雲ノ平山荘から直接北へ向かわなくてはならないのに、私はまっすぐ西へ、つまり薬師沢へ向かっていたのだ。地図を見なかったばかりにこんな初歩的なミスをしてしまうとは……。

 自分自身に対する怒りと恥ずかしさとでしばらく呆然としていた。雨脚はどんどん強くなってくる。この悪天の中をまた雲ノ平へもどらなきゃならないのか、と、なんとなく考えながら、足のほうは反対方向へむかって歩いていると、とつぜん何かに足を取られてもんどり打った。チッ、木の根っ子だ。もうどうにでもなれ!という気分で、しばらく雨のなか、寝転んでいた。これからどうしようか?雲ノ平へ登り返すよりは、このまま薬師沢へ下ったほうが楽なことは確かだ。薬師沢小屋[註4]で雲行きを見て、天候が回復しそうだったら、川沿いのルートから高天原へ登りかえせばいい。そう決めて歩き出す。前方に対岸の大薙が見えてすぐに河原へ出た。

 黒部川本流に沿って50メートルほど遡り、立派な鉄製の吊り橋を渡ると、薬師沢小屋がひっそりと建っている。小屋を見たとたんに歩く気は失せ、きょうはここに泊まることにする。小屋番は男女ひとりづつ。夫婦ではない。

 夕食の膳をかこみ、酒を飲みながら小屋番のKさんからお話を聞く。「十年前にくらべるとイワナは十分の一に減ってしまった」「ひどい釣り師になると、三~四泊して百匹以上も釣ってくんだから、根こそぎだよ」「せめて薬師沢だけでも部分禁漁にしてほしいんだがな」「昔いたところに(イワナが)いないと、寂しくてね」ヘリコプターでの荷揚げは年に一回だけ。「小屋番をやっていると、あちこち(の山を)回れないのが悩み」とは、どこの山小屋も同じだなぁ……。

 これから三年後、夏シーズンをアルバイトとしてこの小屋で過ごすことになる。小屋番のKさんにはたいへんお世話になり、山で生きる術を教わった。人生の師としていまも仰いでいる。


10月6日
 小屋前の吊り橋をわたり、ハシゴをつたって河原へ下りる。すこし歩くときのう下ってきた道が右手に見える。同時にここは、薬師沢から高天原へとつづく「大東新道」の起点でもある。新“道”とはいっても、河原のところどころにペンキの印があるだけの“道”だが。

 天気は悪いが、久々の沢歩きで気分は高揚している。ときおりのぞく青空に、ひょっとしたら、というはかない期待をかける。が、次の瞬間にはまた雨が降りだす。

 本流が大きく左へ蛇行するあたりで右岸から合流する沢はA沢と呼ばれている。両岸が大きく崩壊した特徴的な地形は、沢を歩くときにはよい目印になる[註5]。しばらく歩くとさらにB沢を、これも右岸から合わせる。B沢をすこし遡ってから、「新道」は沢を離れて登山道になる。

 登山道上におおいかぶさるように倒れたダケカンバの大木を乗り越え、一休み。対岸に目をやると、雨の帳が幕を引くように、南から北へと移動してゆくのが見える。雨の波状攻撃が弱まった瞬間、黒ぐろとした針葉樹の緑のなかに、黄色く色づいた樹木の葉があざやかに浮かび上がる。

 景色が見えないせいで、視覚よりも嗅覚が反応しやすくなるためか、樹林帯のなかを歩いていると実にさまざまな匂いに気づく。アーモンドにも似た香ばしいかおり、熟れ過ぎて腐りかけた果実のような匂い、草いきれの匂い……。嗅覚の鈍いヒト(ホモ・サピエンス)は、匂いにかんする語彙が貧弱だが、犬のように嗅覚が鋭い動物だったら、たくさん言葉をもっているのだろうなぁと思う。

 樹林にかこまれ展望が利かない高天原峠から一気に下り、岩苔小谷にかかる丸木橋を渡ると、目指す高天原はすぐそこだ。樹林がとつぜん開け、笹の草原のあちこちにハイマツやカラマツが混在している。

 湿原のなかにある高天原山荘はすでに閉鎖されている。北へ延びる踏みあとをたどり、「温泉沢」[註6]へも行ってみるが、湯船には撤収されたホースがとぐろを巻いており、お湯はない。お湯のない温泉へ一人で訪れた自分がなんとも間抜けに思えた。

 さらに足をのばして夢ノ原湿原へ。東側に見えるはずの水晶岳も西側の薬師岳も、山頂付近に雲が垂れこめていて姿を見せない。淋し気に水をたたえた竜晶池の水面が晩秋の風にさざめき、孤独感が増幅される。


山頂部を雲に覆われた水晶岳
(1995年10月6日撮影)


 足をのばすついでに、岩苔乗越方向へすこし登り、水晶池に寄る。踏みあとが曖昧な箇所もあり、登山道はお世辞にも良いとはいえない。「左5分」と記された道標にしたがい、雑木をかき分けて池の端に立つ。風に波立つ水面。山頂を厚い雲に覆われた水晶岳。風の音。とつぜん背後から「カカカカカカ…………」と、お化け屋敷の扉が開くような不気味な音が静寂をやぶる。キツツキのドラミングだ。背筋を亀の子たわしで逆なでされたような悪寒が走り、たまらず、いま来た道を引き返す。

 高天原からは尾根道をひたすら登り、ふたたび雲ノ平山荘へ。小屋では、たてたばかりのコーヒーが私の到着を待っていた。


10月7日
 台風くずれの低気圧が日本海をうろついているため天気が悪い。きょうは小屋で停滞だ。いかにもヒマそうに見えたのだろう。十時のお茶に呼ばれてコーヒーを飲んでいると「ちょっと手伝ってくれないか」と声をかけられ、居候のH君と一緒に小屋閉めの作業をすることになった。

 最初に取りかかったのが、冬期の積雪で建物がつぶされないために、天井と床との間につっかえ棒をかう作業。穂高小屋にあるような長さを調節できる金属製の支柱(パイプサポート)ではなく、ここで使われるのは丸太と角材だ。

 まずは三五角(10cm×10cm角)を長さ50センチほどに切って床に寝かせる。次に、この角材と梁との間に、テキトーな長さに切った丸太をはさんで支柱にする。目見当で丸太を切るので、長さが正確ではなく、短すぎて天井に届かなかったり、長すぎて入らなかったりする。長すぎたら切ればいいし、短かったら板きれを隙き間に挟んでパッキンにすればいい、とはいうものの、こんないい加減な支柱で大丈夫なのだろうか。来春入山したら小屋がつぶれていた、なんてことにならないことを祈る。

 午後からは焼き肉パティーの準備。大量に余っている肉を処理しようという豪華な催しなのだが、肝心の肉を焼く道具がない。そこで、ない知恵を絞り、半日がかりで七輪をこしらえた。まずは一斗缶を高さ20センチくらいにぶった切る。つぎに側面の下部に空気穴をあけ、その上に切れ目を入れる。網を差し込んで燃料のマメタンを乗せるためだ。最後に針金を利用して肉を乗せる網を作った。

 パーティーは五時過ぎにはじまった。最初は肉がなかなか焼けず、みんなが奪い合うように食べていたが、肉の脂がマメタンに引火して煙を上げるようになると、部屋中が煙くて息ができないほどになった。寒いのをガマンして窓を開け、換気する。震えながらビールを飲み、肉をつまむ。火加減がちょうどいい具合になるころには、いい加減肉には飽きてきていたが、まだノルマは終わらない。換気して寒くなると、小屋内を歩きまわって体を温め、またビールを飲み、肉をつまむ。こんなことを繰り返しているうちに"狂宴"は終わった。

[註4]
薬師沢小屋 黒部川本流と、西から合流する薬師沢との出合にある山小屋。イワナ釣りのベースキャンプとして有名。

[註5]
沢を歩くときにはよい目印になる 尾根歩きと違い、地形が把握しにくくい沢登りのばあい、大きな支流との出合や薙(崩壊地)は、現在地を知る上でのよい目印になる。

[註6]
「温泉沢」 日本最高所の露天風呂として知る人ぞ知る「高天原温泉」のある沢。標高は2284m。
 
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